HV ―HandsomVoice―

第二十八話

そこでプッとリトが笑った。笑うと美しい少女にしか見えない。口さえ聞かなきゃ天使なのにな……。

「リトさん、はやめてくれ。話し方も敬語でなくて結構だ。俺は崇め奉られるのが大好きだが、君は流のピュアだ。遠慮しないで話してくれ」

ううっ。この人にタメ口きくの? と思ったけど、今更また敬語を使うともっと怒られそうでコワかった。気が付くと、隣から押し殺した笑い声が聞こえる。やっと流に視線を送ることができた。

流は左手でお腹を抱えて、軽く握った右手を口に当てて笑っていた。ホッとしたら流もこちらを見た。ゆっくりと右手を膝におとす。

また優しく微笑んでくれる、と思ったのに、流の眼はふいに真剣になった。熱っぽくなって潤んだ瞳がこちらを見返してくる。薄く開けられた口と、白い肌に映える薄桃色の唇があまりにも……なんて言えばいいの? ──なまめかしくて……色っぽい。

見なきゃ良かったと後悔したのに、またもや私の身体はゾクゾクして、流に引き寄せられる。流に触れたくて、触れられたくて、身体の芯が……特に下腹の奥が熱い。ううん、痛い……。

「そんなにセクシーな瞳で見たら、流が襲いかかるぞ」とリトに言われて椅子から飛び上がった。セクシー? 私が?

「これ以上、蘭を追い詰めないでくれ」

やっと流が口を聞いた。流を見るとまだ瞳は潤んでいるものの、気遣わしげな優しい顔に戻っていた。私はなんとなく、おどおどして流を見た。

流はちょっと笑うと、「手を握っていい?」と聞いてきた。私は流に手を出して、流がまた指を絡めるのを見ていると、──こいつは気を遣い過ぎる──という言葉がいきなり頭の中に響いてきた。リトの声だ。

今、しゃべった? ドキドキしてリトを見る。とにかくこの人のやることは……心臓に悪い。リトはにやりと笑うと、「それが俺の能力だ」と言った。

「俺は人の心の中に入ることが出来る。テレパス、と呼ぶ者もいる。人の精神に働きかけ、必要なら操作もする。便利だろ?」と言って艶然と微笑んだ。

この性格でこの能力。なんてハタ迷惑なの!

きっと今までも私の心の中を覗いてたんだ。だから質問しなくても私の思っていることを読んで、笑い返すことが出来た。

思考が読めるなんて確かに便利だ。でも、いつも知りたくもない他人の本心が分かってしまうのはどんな気持ちがするものだろう。世界は本音と建前で出来ている。私が人の心を読める能力を持ったら気が狂ってしまうかもしれない。

リトがどれくらい生きているのか分からないけど、長い間他人の心を読んでいる内に偉そうな性格になったのかな……。

それにしても──こんな能力があるんなら、今の結合の話だけでも直接私の心の中に叩きこんでくれればよかったのに……!

リトは真っ赤になって唇を噛んでいる私を面白そうに眺めながら、次の言葉を継いだ。

「とりあえず、大体はこんなところだ。まぁ、頭の中は疑問だらけだろうが、何か質問があったら聞いてくれ」

色々有りすぎる。それにとても理解できたとは思えない。だから頭が固まってしまった。でも一つ、気になることがあった。

「神様は……いずれ、人間を見捨てる……と思う?」

怖い問いかけだったので躊躇いがちに聞いてみた。出来れば見捨てないでほしい。確かに私達は愚かで、いつも自分の都合のいいようにしか動けない。でもみんな優しさを持って生きている。悩むから、苦しいのだ。

私の質問に、リトは今までのからかう様な微笑を消して厳粛な面持ちで答えた。

「神は……父祖は人間を愛している。こんなになっても、父祖は人を消滅させることが出来ない。それはひとえに父祖が慈悲深く情けを掛けているから、だけではない。

すべては、愛なんだ。父祖は慈愛に満ち、人の想いを尊重する。それが故に、無力なんだ。神は残酷でも、無情でも、全能でもない。ただ非力だ。人に対して、強くあれない。ただ、ただ、愛を持って管理する。どうか消えないでくれ、といつも祈っている」

神様が祈るなんてとても不思議な気がした。誰に祈るのだろう。まさか……人間に?

神様は……父祖は、とても寂しがり屋なんだな、と思った。そして一生懸命で、億劫がり屋。たくさんの能力を持った、そう、まるで子供のようだ。

流が私の手を自分の方に引いた。私は流を見た。流は目を閉じて、かがんで私に近づいた。私と流のおでこが触れ合う。私も目を閉じて、祈った。どうか流が誰よりも、幸せになれますように……と。

人間である私が、神様に近い流の幸せを祈るなんて可笑しいかもしれない。でも私は流が大好きだ。だから幸せになってほしい。私はリトに、ある質問をしなければならない。でも今は、その時ではない──。