第二十二話

「続けてください」

私はリトに向かって言った。リトは腕を組んで、顎を上げて見下ろすように私を見ている。流に訊いても良かったけど、なぜか話の主導権を握っているのはこの人の様な気がした。

「……さすが、ピュアは強いな」

リトがつぶやいた。ピュア? 何だろう。どこかで聞いた覚えがある。そう、あれは夢の中──。怪我をして保健室で寝ていた時だ。もうかなり前の出来ごとのような気がする。

「俺たちは通常、聖界(せいかい)に住んでいる。聖なる世界、と書く。君たちの言う天国に近い場所だと思ってくれていい」

──聖界……。天国? それでは流は……神様なの?

戸惑って流を見ると、少しため息をついてから言った。

「こちらで知られている、神や仏や、天使なんかとは、ちょっと違う。ぼくたちは地上に降りてくるときに、流れ星に乗ってくる。だから星を導く者、星導師(せいどうし)≠ニ呼ばれている」

セイドウシ……。
その不可思議で、でも神秘に満ちた呼び名に、思わず身体がブルッと震えた。流はまた不安な顔にもどって私を見る。

「俺たちがこちらに来るのは、人々の間に生まれて塊になった邪≠ニ呼ばれる悪意を破壊するためだ」

リトが私の反応などお構いなしに続けた。流の左手に力が入る。リトが話を続ける。

「邪≠フ元になるのは、いわゆる人間の負の感情だ。大抵、最初は小さな物だ。喧嘩したとか、すれ違ったのに挨拶してもらえなかったとか、仲間外れにされたとか……。人はそういう暗い想いを抱いた時、なんとか発散しようとする。

酒を飲んだり、好きな事に没頭したり、身体を動かしたりして心から追い出す。追い出された負の想いが、ダークゾーンに集まって出来るのが邪≠セ。ダークゾーンは悪の吹き溜まりみたいな場所を呼ぶ。

昔、まだこんなに科学が発展していない頃は、人々はそういう場所を避けて通った。あの場所はたたるとか、縁起が良くないということを、小さい頃から叩きこまれる。

神聖な場所として、誰でも簡単に立ち入りできないように工夫された所もある。霊感の強い者や、身体を鍛錬した修行者が、そういう場所を管理したり、封印したりしてきた。俺達、星導師はそういう特殊な能力を持つ者に、いわば……憑依して強化し、邪≠浄化させてきた」

リトは一旦言葉を切ると、脚を組みかえた。そしてまた話を続ける。

「一度集まって邪≠ニなった悪意はそう簡単には消せない。やがて大きくなって力を持ち、吹き溜まりから飛び出してくる。生憎、管理が行き届かなかったゾーンからはそいつは悠々と出て、誰かに取り憑く。取り憑かれるのは、小さな悪意を上手く発散させることが出来ない者だ。邪≠ヘそいつの負の感情を大きく肥大させる。そして突然、牙をむく」

そこで流が言った。

「いきなり刃物を持って暴れたり、車を暴走させて何人も殺してしまう人がいるだろう? そんなことする人に見えなかったのに、普段は温厚な人にだったのに、 とかみんなが言うような」

確かにいる。どうしてあんなことするんだろう、と思う残酷な事件は何度もあった。それは邪≠ェ原因だったの?

「だからって、犯人に同情するようなことはしなくていい」ピシャリ、とリトが言った。

「人は本来、邪≠ノ取り憑かれても跳ね返せる、強さと能力が有るはずなんだ。取り憑かれるのはそいつの弱さだ。殺された方を考えてみろ。精神的に追い詰められてました、なんて言うのは、都合のいい言い訳にしか聞こえない」

流はふと、下を向く。きゅっと眉根を寄せた顔はどうしようもない悲しみに満ちていた。確かにリトの言うことは正論だ。でも私も絶望の中にいた。私はたまたま、他人ではなく自分を責めることで苦しみに向き合えた。兄という救いもあった。

でも、人は弱い。暗闇に落ちるとどこにいくかわからない。まして邪≠フようなものが存在するとしたら……。

「ぼくたちは邪≠ニ呼ばれる悪意を破壊するために人間界に降りてくる。人間界には邪∴ネ外にも人を惑わすものはたくさんある。ぼくたちの力にも限界があり、それを全部破壊することは……悔しいけれど不可能なんだ」

流はまだ、哀しそうな顔のまま言った。

「ある意味邪≠ヘやりやすい。宿主を見つけたら、後は邪≠ェ塊になるまで待って、一気に切り捨てることができる。でもやっかいなのはタイミングを間違えると、飛散して広範囲に広がってしまうことだ。

強力なまま小さくなった邪≠ヘ見つかりにくい上、始末しにくい。人々に取り憑いて少しずつ狂わせる。俺達の仕事は邪≠破壊することだが、へたな奴がやると失敗する。取り憑かれた宿主が暴走する方が、はっきり言ってあっさり消える」

ふうっとリトは息を吐いた。苦々しい表情。

「元々俺達は数が少ない上、一度に幾つもの邪≠破壊することが出来ない。それなのに、人間はどんどん増える。これ以上面倒見きれない所まで来てるんだ。ダークゾーンを管理する人間も、いるにはいるが能力が低すぎて俺達の憑依に耐えられない。

仕方がないから流のように、 直接人間界に入って生活しながら邪≠狩るしか方法がなくなってきている。当然、破壊する機会が激減する。人々も昔ほどの信心深さがなくなり、身を清めて慎むことをしない。実際俺達は疲れている」

リトは眉根を寄せ、流を見た。

「日神(ひしん)の管理下以外の場所では、投げ出す奴も出てきてるんだぞ。こっちに嬉々として来るのは、人間界に落ちてしまったピュアを探してる奴くらいだ。お前も探し当てたんだから、こんな仕事はサッサと辞めて、聖界でやりまくってた方が賢明だぞ」
 
憮然としてリトは言った。やりまくるって……なにを? って思ったけど「うっうん」と流が咳払いして気まずそうに右手で口を覆っているのを見て、とりあえず訊くのは止めておいた。